2012年2月10日金曜日

ヤンゴン ミャンマー 晴れ 29度

ミャンマーは独自に紅茶やコーヒー豆がとれます。ただ良く飲まれるのは、インスタントで、紅茶やコーヒーの小袋に、砂糖と、ミルクパウダーかレモンパウダーが一緒に入っているものす。コップ一杯分の水かお湯でとかして飲むタイプです。暑いので、紅茶やコーヒーの香りを楽しむというより、水分補給の意味合いの強い飲み物なのかもしれません。

コーヒーはなかなか豆そのものでは売っていなく、かなり細かくひいた粉になったパウダーとして買います。これが結構苦め。自分で豆を上手くひけば、おいしく入れられるかもしれませんが見つけるのは難しいです。東ティモールのコーヒーも似た味で、細かいパウダー状で売っていました。本当の味が分かりにくくちょっと残念。

紅茶は、インドやスリランカの紅茶文化とはちがい、緑茶がちょっと混じったような、ウーロン茶やドクダミ茶的な味わいです。地元の麺屋さんも、お茶のポットがテーブルにおいてあるし、どちらかというと、日本や中国のように、ミルクや砂糖などいれない飲み方が多いのかもしれません。地形的にも、山も多く標高差が大きいというのが、お茶の栽培には適している印象はあります。バングラデッシュのように、あちこちにミルクティーが飲める屋台があるといほど人気があるようではないようです。


ミャンマーはお米の輸出に力をいれているようで、麺も米から作られるものがほとんど。においや味も素直な感じで、食べていて違和感ありません。結構予想外の食べやすさです。最近はベトナムとともに、タイにかわる米輸出国として、名が挙がってきています。

あまりイメージとしてありませんが、朝6時頃に公園に行くと、ウオーキングや体操をしている人をたくさん見かけます。犬も散歩をしてもらっています。朝の多摩川みたいです。この涼しい時間帯が健康維持にあてる貴重な時なのかもしれません。そもそも学校始業も8時なので、朝型にしておかないと、ついていけないですしね。

これからタイへと移動します。諸事情でWiFiがとれませんので、ここでまずは、ブログ休息となります。今回のバングラデッシュ・ミャンマーの旅にお付き合い頂きありがとうございました。

2012年2月8日水曜日

ヤンゴン ミャンマー 気温25度 晴れ

ここの学校は朝8時から始まります。ということで7時起き。
朝は涼しく20度ちょっとで湿気もなく、東京の3月のような感覚です。

地元の人は、近所のそば屋さんのようなところで朝食をとって学校や仕事に行きます。日本の立ち食いそば屋さんのように、注文して2,3分で出てきます(60円)。あまり香草をつかわないので、昔行ったスキー場のラーメンのような、素朴な味です。テーブルには一味唐辛子やパクチーと、ポットに温かいウーロン茶があって勝手に飲むようになっています。番茶のような飲みやすいお茶です。ミャンマー茶葉も番茶好きの人には合うと思います。

インターナショナルスクール・ヤンゴンは小学校から高校まであって、欧州系30%、中国系生徒が20%、ビルマ系30%、黒人インド系ほかが残りという感じです。4期に分かれていて各期30000円前後。外国人にとっては、東京のインターほど高額ではないと思います。元々アメリカ人の夫人によって設立されたので、全て英語で行いますが、先生はオーストラリアほか多彩な国籍です。
朝は13-15歳の中学生クラスのワークショップがありました。他の国より最初の数分は恥ずかしいのか手が挙がりにくかったのですが、1人があげるとすぐに積極的になりました。


1人、お父さんが日本人というハーフの子がいましたが、日本語が話せないとの事、挨拶のとき、お辞儀をするのでかわいかったです。この子が将来日本とミャンマーの橋渡しになってくれたらいいですね。

学校の休み時間には、小さな売店が食べ物やジュースを売っています。
凍らせたイチゴをジューサーにかけてスムージーのようにしたフレッシュジュース500ml(93円)やチキンブリトー(130円)で、やや割り高のインタナーナショナル価格ですが、その場で地元の人が作ってくれるのでおいしいです。韓国海苔の3角おにぎりもありました。

PS 反町さん、こちらの子は1時間ほどで見違えるほど表現が変わります。カッコつけたり恥ずかしがったりももちろんありますが、中学高校生はちょっとヒントをあげるとガラッとかわります。例えばワークショップで、“お母さんがピーナッツバターを買い忘れた朝食の状況”というので1分与えると、最初は皆、似た様に怒りを表現しますが、“内にこもった怒りの表現”を考えさせ両方を交互に続けて表現させると、それを楽しむようになり、使っていなかった脳みそが動き出した感じで個性がでてきます。貯まっていたストレスが発散されていくような。

2012年2月7日火曜日

ヤンゴン ミャンマー 気温28度 やや湿気

移動して、ミャンマーにいます。
日本の約1,8倍の国土に6000万人前後がいる鉱石や天然資源が豊富な国です。ここでは教育は全て有料のようで、小学生でも数年で休学してしまう子も少なくないようです。仏教・ヒンドゥ―教プラス135の少数民族がいて、中国系、タイ系も少なくない国です。お米の国で麺類もおいしい米粉です。

昨日、バングラデッシュ南のチッタゴンから、首都ダッカに飛び戻り、そこからタイ バンコクへ飛行して1泊し、最後にヤンゴンまで1時間のフライト。地図では、チッタゴンのすぐ右横なのに、国境線のため超大回り。ビザのこともあり確実に入るにはヤンゴンがベストのことなので仕方なく。東京のミャンマー大使館は、自宅から5分なのですが、巨大な敷地でいつも閉門していて、“外国人は歓迎しないよ”雰囲気をかもしだしていて・・・・。

入国審査はダッカよりよっぽど整然としていて、すんなり入国できました。荷物を受け取っていよいよ待合ロビーへ、直前に、再度入国持ち込み物のセキリティチェックがあるのが違いくらいです。
空港自体はさほど大きくないですが、コンパクトに近代的で、この1か月で急速に空港周辺の道路も整備されたとのことです。金装飾やガラスをうまく使い明るい雰囲気です。

外国人は、arraival visaという、ミャンマー大使館のウェブにあるインターネットで申し込めるビザを申請し、プリントアウトしたものを、ヤンゴンの空港で受け取り入国するシステムも使えます。実際使ったひとも特に問題はなかったようです。

ここではキャットkyatが通貨単位です。換金には米ドルしか通用しないことはしっていたのですが、連絡をとっていた地元のインターの先生に、“空港や外でキャットへ換金しないで。僕が用意しておくから”といわれました。というのはレートが頻回にコロコロかわるのでと。見たかぎり、バングラデッシュにはあったATMもないし銀行の店舗もほとんどみえません。

本日は1 USD =800キャットとのことで、買い物では、0の並ぶえらい数字になります。たとえば、裏路地にあるようなローカルな八百屋でマンゴーと梨とドラゴンフルーツ3つ買うと“1700キャット”、それを日本円にすると130円くらい。 生鮮食品は驚くほど豊富で、日本でいうホタルイカやナマズ(catfish)やカツオのような魚、大小えび、牛肉、鳥、羊、豚、もやしや固めの豆腐もあるし、マンゴー、20世紀のような中国梨、ドラゴンフルーツやぶどう、みかん、ドリアン、すいか何でもありそうな感じです。やっとタマリンドもみつけました。レストランでは野沢菜漬けそっくりのものが出て。


路上市場の店員さんでも歩いているお坊さんでも、ニコーッとすると向こうも笑顔をみせてくれます。あとその辺にいる半・野良犬たちも、他の国で結構攻撃的な犬が多かったのに比べ、人からかわいがられているせいか、しっぽをふって静かなこと、そしてちょっとオデブなこと。昔は食べ物は買うものではなく振舞うものという文化があったので、今でも十分食べ物を与えられているのでしょう。

単なる文化の違いですが、やはり凝視より笑顔を返してくれると言葉がわからないだけに救われます。10代の若い女の子のオレンジの装いのお坊さんもみな受容的です。

夜はオーストラリアとアメリカ出身の先生たちと、ちょっとおしゃれなミャンマー料理店へ。ミャンマービールは、近隣のものとちがい、クセがなくのど越しもよくおいしいです。平日夜なのに結構混んでいて、地元の人もチラホラみられ、どこの国でも、高いレストランに来る人はいるものです。バングラデッシュとミャンマーは、この貧富がかなり激しくて、日本では考えられません。
こういう人たちを、どう教育や女性就業に関心をもってもらうか。

マバールという作家が、アフリカや中南米より、アジアが成長する経済を抱えた地域になったのは、多くの国で、富のエリート層が“生産的”で、“寄生的”ではないから、と言っています(つまり、他の伸び悩みの地域は自己利益に走っていると暗に言っています)。

歴史でも習った、富国強兵の時代に日本が“教育制度に国家予算を投じる”ようになったところから、アジアが動き始め、日本が先頭になって、雁のように連なって、周辺へ経済発展が広がり、日本でコストや生活水準が向上すると、低技術低付加価値の産業が他の国へ移る⇒日本を追う⇒発展するとまた他の国へ移るという相乗効果があったからということ。

アジアというときに地理学者は中東を含めますが、エコノミストは除外します。オーストラリアとニュージーランドはアジアですと両国自ら言っています。

ヨーロッパの概念から生まれた“アジア”という呼び名は、古代ギリシャ語で“日が昇る地方”という意味で、地図作成学者が単に東を指していたにすぎないとのこと。つまり人種や民族や言語的な意味合いはないのです。

現在の欧州や米国人が“アジア”というときは、東アジアを指していて、インドは入りません。つまり中国、朝鮮半島、日本、インドネシア、フィリピン、タイ、インドシナ半島をいいます。普段はあまり意識しないですよね、範囲は。

2012年2月5日日曜日

チッタゴン 晴れ 気温23度 晴れ

日曜日で、朝から騒がしいなあと思ったら、いつもは車でいっぱいの道がガラガラで、そのうちポツリポツリとprocession行進が始まりました。店は全部閉められて、なんだろうと思っていたら、その数時間後には大行列が始まってしまい道は完全に閉鎖。移動は不可能となってしまいました。今日は夕方までワークショップがなかったので良かったですが、町を見回ってみようという予定はなくなりました。


今日のワークショップは、色々な国の先生達がメインでした。約150人と多かったのでステージ上で行いましたが、笑いもあり楽しく出来ました。また今回は、携帯電話はオフにしてくださいね、という前説をしたので、スムーズに進行しました。

ところで、バングラデッシュの人は、日本人よりもお米をたべます。最初は量にびっくりしました。山盛り丼一杯以上の白米を塩味強めのおかずと一緒にとります。日本で言う、佃煮や梅干でご飯を一杯食べる感覚。1日あたり今の日本人の3倍くらい食べているんじゃないかしら。朝食はチャパティなどパン系が多いようです。余談ですが、ホテルで紅茶のミルクを頼むとパウダータイプが出てきます。本物のミルクが欲しかったら“液体のミルク下さい liquid milk”と言わないといけないと学びました。

2012年2月4日土曜日

チタゴン Chittagong  気温23度 晴れ

日本の初夏を思わせる過ごしやすい日です。湿気もほとんどありません。今朝は学校で朝食会がありました。ここで色々な国から来ている学校関係者、特に自分で学校をやっているという方々と初対面の“こんにちは”のご挨拶。全く知らないけど、同じ会合にいる人に どう話かけるか。

目を合わせ、話していい?的にニコッと笑って,“Hello, my name is Tak. Nice to meet you. ”というタイミングを逃さず、“Oh,hello. name is Tim. How are you?”と答え返す。そして“Where are you from?”から自分の立場や仕事、今までここに参加したことがあるかなど、話を広げていきます。どこの国からか、どこの言語か分からない人には、まずは英語。日本人同士で話していても、外国人が入ってきたら、何はともあれ英語にします。

携帯電話はここでも小学生からもっていて、いつもゲームやメールをしています。大人も四六時中携帯で話していて、なにがそんなに忙しいのかと思うくらいです。学校の先生は、式典やワークショップなどの最中に、おしゃべりや携帯をほとんど注意しません。かなりガヤガヤしていてもそのまま事は進んでいきます。文化の違いでしょうか。

ワークショップに対するリアクションはとてもいいです。新しい事を積極的に楽しもうとい何か言おうという傾向があります。何か問いかけられても、“えー”と言葉に詰まる事はあまりありません。

ワークショップを手伝ってくれたギャップイヤー(高卒後1年間の遊学期間)の学生のなかに、秋葉でもみるような、長髪黒縁めがねのコンピューターの得意な子がいて、色々親切にWiFiなどもつなげてくれたのですが、どこの国でもファッションや雰囲気は似てるなぁと思いました。
ギャップイヤーの学生は、来年、大学進学を前に、自分のでた学校で半年、フェスティバルなどで生徒の手伝いをしているとのことです。学校からバイト代的なものも出ているとか。ただ、ここの学校は幼稚園からの一貫教育で、割と裕福な子が多いのでかなり恵まれています。どうして皆海外の大学に行くのかと聞いたら“バングラデッシュ大学は難しすぎてトップ数%の人しか入れないので”とのことでした。

2012年2月3日金曜日

チタゴン Chittagong  気温26度 晴れ

今朝は7時起きで移動です。道端のワゴンで紅茶とパンを5分で食べて(9円)、ダッカから南へ130キロほどのチタゴンという第二の都市へ。 
というわけで、本日は旅の情報です。

ダッカの国内線ロビーは、基本的に係員の叫んでいる情報を聞き取らないと表示は何もありません。英語でも言っているのですが、英国人達も、あ???という発音で、いちいち確認が必要です。ボディチェックは女性は小さな小部屋に呼ばれ、ここで初めてイスラム国を再認識。

待合室には小さなお店があり、ネスカフェでつくるコーヒーや缶ジュース、甘いお菓子系などが買えます。レンジでチンしてくれる小さなカップサイズのチキンパイ(36円)や、日本式の三角サンドイッチ(60円)のほうがお安く、人気もあるようです。かなりの人がインスタントコーヒーを買っていました。


余談ですが、目だったのが中国人の方々。10代後半の女性グループから40歳代のビジネスマン達まで。中華料理店もどこの国にいってもあるし、地元料理屋でもメニューとしてほぼ炒飯などが載っています。国連統治下のアフガニスタンにもありました。救済支援団体の間では、中華料理屋のないところは戦争地帯なので危険だから行くな、という半分冗談のような真実があります。ちなみに入国後まだ日本人にはお会いしていません。

フライトは地元の航空会社で、東京―札幌間で使用されるスカイマークサイズでプロペラ付き、時間にして50分の快適な移動でした。チタゴンの航空はきれいで電光表示板もありました。

Chittagong Grammar School は空港から40分ほど。幼稚園から高校レベルまでありバングラデッシュの生徒がほぼ100%の学校です。女性の先生がかなり多く、卒業後生徒はオーストラリアやマレーシア、アメリカの大学へ進学します。というわけで訛りはあるものの英語には不自由しないようです。どうとうと受け答えする子が多いなあという印象で、1つ質問すると10くらい返答をしてくる、会話好きの国民性です。
チタッゴンは、地図でいうと、ほぼミャンマ―の左側という感じで国境がそばです。ここは、日本で言う横浜や神戸、小樽のような港町で、食事も北のダッカのチキンやマトンより、シーフードが多いようです。学校給食も、辛さもさほどなく、ご飯と中辛カレーや揚げ豆腐を甘めのチリソースに和えたもの、スイートポテト風や、固めのカスタードプリンなどのデザートで、刺激の強い味や香味はあまりなく普通においしいです。今回は、この学校の生徒主体の3日間の環境ミーティングも同時に行われており、南アフリカやインド、ドイツ、パキスタン、オーストラリアなどからも先生方がきて各種催しものが行われています。

2012年2月2日木曜日

Dkaha  気温23度 晴れ

アメリカンスクールにて午前中ワークショップ。活気があり、楽しく過ごし、先生のジェフは、なかなか外部のワークショップを呼べる環境ではないので、また是非にと言ってくれる。立派な校舎の学校で、こう言っては失礼だが、思ったより大きくて少々驚きました。

さて本日は街の状況です。
お昼は、車で、常時渋滞の道を3キロ程度、40分以上かけて買い物へ。基本的にお店は布地屋、電気屋、コンビニ系という3種が多い。布地は綿、シルクが主で、多彩な色や模様だが、日本で洋服を作るとしたら多少柄を選ばないと難しいかも。着物には合う模様といえば良か。ここは日本でいうモールの店だったので、やや価格は高めか、Tシャツは、柔らかい綿が300-400円くらい、ただバングラッシュの人は小柄なので男性のXサイズでも、日本で言う女性Mサイズくらい。サンダルも22-23cmが主流のよう。皮製のかわいい飾りつきのサンダルで500-600円くらい。小型のバックや手提げは100円程度でかわいいものが多かった。豊富だったのがキャンドル。クリスマス用にいい感じのが200-300円で何十種類とありました。


その後中心地にあるサークル2まで片道20分歩いてみました。外国人が歩いているのが、まず違和感なのか、凝視されるのはもちろん、店の多いところでは物乞いの人も多く、文化の違いはあります。反面、店の小道に入っても怖さなどはなく、親切に、今日はここは休みだよ、とかDVD買わない?と通じない現地語で笑いかけてきたり、電気店をのぞいても押し売りの感じもなく居易い感じです。お米と果物の国なので、炊飯器やジューサーがたくさんありました。テレビはまだブラウン管式が多めな印象です。

日本の学校の校門前にあるような、スナック菓子やお茶・お菓子をちょこっとつまむ店がおおく、小腹が空いたときは不自由しません。コップ入りのチャイ(ミルクに薄く甘み付き)が5タカ(1タカ0・9円)、ちょっと砂糖をまぶした渦巻きデニッシュが5タカで、ほとんどの人は朝食はこれで済ますようです。ワゴンの店もたくさんあります。ためしにブラックの紅茶を頼んだら、ミルクは抜いてくれましたが、砂糖は入ったままでした。でも上品な甘さで、あれ、おいしいって感じ。ちなみにコーヒーはほぼネスカフェインスタントです。余談ですが、ペプシ500mlペットボトルが30タカで、350ml缶が50タカです。

夜は宿泊したホテルのテニスコートで結婚式がありました。白いシルク形の布を上手くフェンスごしにかけて天井をつくり、クリスマスでつかうような電飾をまぶして見違えるような会場にしていました。イスラム系でしたがインドのミュージカルのような衣装の人がたくさんいて、それは派手派手でした。