移動して、ミャンマーにいます。
日本の約1,8倍の国土に6000万人前後がいる鉱石や天然資源が豊富な国です。ここでは教育は全て有料のようで、小学生でも数年で休学してしまう子も少なくないようです。仏教・ヒンドゥ―教プラス135の少数民族がいて、中国系、タイ系も少なくない国です。お米の国で麺類もおいしい米粉です。
昨日、バングラデッシュ南のチッタゴンから、首都ダッカに飛び戻り、そこからタイ バンコクへ飛行して1泊し、最後にヤンゴンまで1時間のフライト。地図では、チッタゴンのすぐ右横なのに、国境線のため超大回り。ビザのこともあり確実に入るにはヤンゴンがベストのことなので仕方なく。東京のミャンマー大使館は、自宅から5分なのですが、巨大な敷地でいつも閉門していて、“外国人は歓迎しないよ”雰囲気をかもしだしていて・・・・。
入国審査はダッカよりよっぽど整然としていて、すんなり入国できました。荷物を受け取っていよいよ待合ロビーへ、直前に、再度入国持ち込み物のセキリティチェックがあるのが違いくらいです。
空港自体はさほど大きくないですが、コンパクトに近代的で、この1か月で急速に空港周辺の道路も整備されたとのことです。金装飾やガラスをうまく使い明るい雰囲気です。
外国人は、arraival visaという、ミャンマー大使館のウェブにあるインターネットで申し込めるビザを申請し、プリントアウトしたものを、ヤンゴンの空港で受け取り入国するシステムも使えます。実際使ったひとも特に問題はなかったようです。
ここではキャットkyatが通貨単位です。換金には米ドルしか通用しないことはしっていたのですが、連絡をとっていた地元のインターの先生に、“空港や外でキャットへ換金しないで。僕が用意しておくから”といわれました。というのはレートが頻回にコロコロかわるのでと。見たかぎり、バングラデッシュにはあったATMもないし銀行の店舗もほとんどみえません。
本日は1 USD =800キャットとのことで、買い物では、0の並ぶえらい数字になります。たとえば、裏路地にあるようなローカルな八百屋でマンゴーと梨とドラゴンフルーツ3つ買うと“1700キャット”、それを日本円にすると130円くらい。 生鮮食品は驚くほど豊富で、日本でいうホタルイカやナマズ(catfish)やカツオのような魚、大小えび、牛肉、鳥、羊、豚、もやしや固めの豆腐もあるし、マンゴー、20世紀のような中国梨、ドラゴンフルーツやぶどう、みかん、ドリアン、すいか何でもありそうな感じです。やっとタマリンドもみつけました。レストランでは野沢菜漬けそっくりのものが出て。
路上市場の店員さんでも歩いているお坊さんでも、ニコーッとすると向こうも笑顔をみせてくれます。あとその辺にいる半・野良犬たちも、他の国で結構攻撃的な犬が多かったのに比べ、人からかわいがられているせいか、しっぽをふって静かなこと、そしてちょっとオデブなこと。昔は食べ物は買うものではなく振舞うものという文化があったので、今でも十分食べ物を与えられているのでしょう。
単なる文化の違いですが、やはり凝視より笑顔を返してくれると言葉がわからないだけに救われます。10代の若い女の子のオレンジの装いのお坊さんもみな受容的です。
夜はオーストラリアとアメリカ出身の先生たちと、ちょっとおしゃれなミャンマー料理店へ。ミャンマービールは、近隣のものとちがい、クセがなくのど越しもよくおいしいです。平日夜なのに結構混んでいて、地元の人もチラホラみられ、どこの国でも、高いレストランに来る人はいるものです。バングラデッシュとミャンマーは、この貧富がかなり激しくて、日本では考えられません。
こういう人たちを、どう教育や女性就業に関心をもってもらうか。
マバールという作家が、アフリカや中南米より、アジアが成長する経済を抱えた地域になったのは、多くの国で、富のエリート層が“生産的”で、“寄生的”ではないから、と言っています(つまり、他の伸び悩みの地域は自己利益に走っていると暗に言っています)。
歴史でも習った、富国強兵の時代に日本が“教育制度に国家予算を投じる”ようになったところから、アジアが動き始め、日本が先頭になって、雁のように連なって、周辺へ経済発展が広がり、日本でコストや生活水準が向上すると、低技術低付加価値の産業が他の国へ移る⇒日本を追う⇒発展するとまた他の国へ移るという相乗効果があったからということ。
アジアというときに地理学者は中東を含めますが、エコノミストは除外します。オーストラリアとニュージーランドはアジアですと両国自ら言っています。
ヨーロッパの概念から生まれた“アジア”という呼び名は、古代ギリシャ語で“日が昇る地方”という意味で、地図作成学者が単に東を指していたにすぎないとのこと。つまり人種や民族や言語的な意味合いはないのです。
現在の欧州や米国人が“アジア”というときは、東アジアを指していて、インドは入りません。つまり中国、朝鮮半島、日本、インドネシア、フィリピン、タイ、インドシナ半島をいいます。普段はあまり意識しないですよね、範囲は。
日本の約1,8倍の国土に6000万人前後がいる鉱石や天然資源が豊富な国です。ここでは教育は全て有料のようで、小学生でも数年で休学してしまう子も少なくないようです。仏教・ヒンドゥ―教プラス135の少数民族がいて、中国系、タイ系も少なくない国です。お米の国で麺類もおいしい米粉です。
昨日、バングラデッシュ南のチッタゴンから、首都ダッカに飛び戻り、そこからタイ バンコクへ飛行して1泊し、最後にヤンゴンまで1時間のフライト。地図では、チッタゴンのすぐ右横なのに、国境線のため超大回り。ビザのこともあり確実に入るにはヤンゴンがベストのことなので仕方なく。東京のミャンマー大使館は、自宅から5分なのですが、巨大な敷地でいつも閉門していて、“外国人は歓迎しないよ”雰囲気をかもしだしていて・・・・。
入国審査はダッカよりよっぽど整然としていて、すんなり入国できました。荷物を受け取っていよいよ待合ロビーへ、直前に、再度入国持ち込み物のセキリティチェックがあるのが違いくらいです。
空港自体はさほど大きくないですが、コンパクトに近代的で、この1か月で急速に空港周辺の道路も整備されたとのことです。金装飾やガラスをうまく使い明るい雰囲気です。
外国人は、arraival visaという、ミャンマー大使館のウェブにあるインターネットで申し込めるビザを申請し、プリントアウトしたものを、ヤンゴンの空港で受け取り入国するシステムも使えます。実際使ったひとも特に問題はなかったようです。
ここではキャットkyatが通貨単位です。換金には米ドルしか通用しないことはしっていたのですが、連絡をとっていた地元のインターの先生に、“空港や外でキャットへ換金しないで。僕が用意しておくから”といわれました。というのはレートが頻回にコロコロかわるのでと。見たかぎり、バングラデッシュにはあったATMもないし銀行の店舗もほとんどみえません。
本日は1 USD =800キャットとのことで、買い物では、0の並ぶえらい数字になります。たとえば、裏路地にあるようなローカルな八百屋でマンゴーと梨とドラゴンフルーツ3つ買うと“1700キャット”、それを日本円にすると130円くらい。 生鮮食品は驚くほど豊富で、日本でいうホタルイカやナマズ(catfish)やカツオのような魚、大小えび、牛肉、鳥、羊、豚、もやしや固めの豆腐もあるし、マンゴー、20世紀のような中国梨、ドラゴンフルーツやぶどう、みかん、ドリアン、すいか何でもありそうな感じです。やっとタマリンドもみつけました。レストランでは野沢菜漬けそっくりのものが出て。
路上市場の店員さんでも歩いているお坊さんでも、ニコーッとすると向こうも笑顔をみせてくれます。あとその辺にいる半・野良犬たちも、他の国で結構攻撃的な犬が多かったのに比べ、人からかわいがられているせいか、しっぽをふって静かなこと、そしてちょっとオデブなこと。昔は食べ物は買うものではなく振舞うものという文化があったので、今でも十分食べ物を与えられているのでしょう。
単なる文化の違いですが、やはり凝視より笑顔を返してくれると言葉がわからないだけに救われます。10代の若い女の子のオレンジの装いのお坊さんもみな受容的です。
夜はオーストラリアとアメリカ出身の先生たちと、ちょっとおしゃれなミャンマー料理店へ。ミャンマービールは、近隣のものとちがい、クセがなくのど越しもよくおいしいです。平日夜なのに結構混んでいて、地元の人もチラホラみられ、どこの国でも、高いレストランに来る人はいるものです。バングラデッシュとミャンマーは、この貧富がかなり激しくて、日本では考えられません。
こういう人たちを、どう教育や女性就業に関心をもってもらうか。
マバールという作家が、アフリカや中南米より、アジアが成長する経済を抱えた地域になったのは、多くの国で、富のエリート層が“生産的”で、“寄生的”ではないから、と言っています(つまり、他の伸び悩みの地域は自己利益に走っていると暗に言っています)。
歴史でも習った、富国強兵の時代に日本が“教育制度に国家予算を投じる”ようになったところから、アジアが動き始め、日本が先頭になって、雁のように連なって、周辺へ経済発展が広がり、日本でコストや生活水準が向上すると、低技術低付加価値の産業が他の国へ移る⇒日本を追う⇒発展するとまた他の国へ移るという相乗効果があったからということ。
アジアというときに地理学者は中東を含めますが、エコノミストは除外します。オーストラリアとニュージーランドはアジアですと両国自ら言っています。
ヨーロッパの概念から生まれた“アジア”という呼び名は、古代ギリシャ語で“日が昇る地方”という意味で、地図作成学者が単に東を指していたにすぎないとのこと。つまり人種や民族や言語的な意味合いはないのです。
現在の欧州や米国人が“アジア”というときは、東アジアを指していて、インドは入りません。つまり中国、朝鮮半島、日本、インドネシア、フィリピン、タイ、インドシナ半島をいいます。普段はあまり意識しないですよね、範囲は。

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